太陽地球系物理学における知識発見

荒木 徹:京都大学理学研究科地球物理学教室

家森俊彦,亀井豊永:京都大学理学研究科地磁気世界資料解析センター

 

1.学問分野の概要:

気象現象が起こる対流圏(0-10km)・成層圏(10-50km)より上の空間についての知識は,地磁気,オーロラ,電離層,宇宙線等の地上間接観測により,19世紀末から徐々に蓄積されてきた.スプートニク1号(1957年;国際地球観測年)打上げ以後,急速に発展した宇宙空間(スペース)直接観測は,放射線帯,磁気圏,太陽風,バウショックなどを次々に発見し,ほとんど真空で何事も起こらぬと思われていた太陽地球間空間が,複雑な構造を持ち多彩な現象に富む興味深い学問的対象であることを明らかにした.現在では,飛翔体による宇宙空間プラズマ・惑星大気の直接観測や気象・海象・太陽・宇宙を対象とするスペースからのリモートセンシングが定常化し,更に,外部太陽圏の構造を探るべく4機の宇宙探査機が海王星の軌道(太陽からの距離30AU1AU=太陽−地球間平均距離)を遥かに越えて外方に(現在,約50-70AU)飛翔している.また,地球近傍の宇宙空間は,通信・放送・測地・航海援助・資源探査・工学医学生物実験等の実用目的に広く利用されて,宇宙環境としての意義を深めている.

地球電磁気学に発し,超高層大気物理学・磁気圏物理学・惑星間空間物理学・惑星大気物理学・太陽地球(惑星)系物理学・スペースフィジクスなどの名で呼ばれるようになったこの領域の研究には,銀河電波,銀河宇宙線・太陽宇宙線,太陽電磁放射(X線・紫外線・光・赤外線・電波),太陽風(プラズマ・電磁場),磁気圏・電離圏諸量(プラズマ・電磁場・各種波動・高エネルギー粒子)・地上磁場など多種類のデータが使われ,地上と飛翔体の観測により,時間・空間の関数として連続的に蓄積されている.

 

2.我々の研究内容と計画

我々のグループは,磁場データを中心に,関連する地上・衛星観測のデータを組み合わせて,地球の電離圏(高度100-500km)・磁気圏(500-数十万km)の構造と現象を研究している.最近の観測の進歩によりデータ量が加速度的に増加して,その処理解析方法を考え直す必要を感じていたところに有川先生からお誘いがあり,この研究計画チームに参加させて頂いた.データとの付き合いは長いが,「発見科学」に関しては素人で,どのように研究を進めるべきかよく分かっていない.この機会に,私たちの今までの仕事と今後の計画の中で「発見科学」に関係しそうなことについて述ベ,今後の進め方に関して専門家の方々のご意見をおうかがいしたい.

 

(1)アナログマグネトグラムの自動読取り.

現在の磁場観測には,フラックスゲート磁力計,プロトン磁力計,セシウム磁力計などのエレクトロニクスを用いたデジタル磁力計が使われているが,少し前までは,吊り下げ式の小磁石の振れを光学的に検出しドラムに巻き付けた印画紙上に記録するアナログ磁力計が使われていた.この磁力計は,長期安定度が良く,今もなお,かなりの定常観測所で使われている.当グループが運営する地磁気世界資料解析センターには,1目の地磁気3成分記録(マグネトグラム)を1画面(例:図1)に複写し1観測所の1年分を1巻とした35mmマイクロフィルム約9300巻が保存されている.これを計算機可読形に変換することが望ましく,デジタイザーにより人力でデジタイズしているが,ごく一部に留まっている.

20年近く前,フライングスポットスキャナーやTVカメラでこのフィルム画面を走査し,自動読取りを試みたが,メモリー容量,計算速度,検出器のノイズ,画面のSN比,記録曲線交叉時の判断の問題等のため実用化には到らなかった.当時より飛躍的に進歩した計算機と画像処理・パターン認識の研究の応用により,この種の自動読取りが可能かどうかチェックしたい.

 

(2)ノイズ除去

エレクトロニクスを駆使したデジタル磁力計の記録には,信号以外の変化(いわゆるノイズ,感度検定のためのパルス,基準値の変動,飽和した波形など)が含まれる可能性が多い.これの自動除去方法を考えたい.

(3)解析対象現象の自動抽出

この分野のデータ解析は,特定の現象を多種類のデータを用いて比較相関的に調べるケーススタデイと,1種類または限られた数種類の長期間データに含まれる同種現象多数の性質を調べる統計的解析に大別できる.後者の場合の現象抽出は,データが大量になるときには自動化されることが望ましい.自然現象は,一つとして同じものはなく,大きさ・形共に典型的なものから判断に迷うものまで色々であるから,判定は容易でなく,基準の取り方が重要になる.以下に,我々が進めている(又は,考えている)例について述べる.

(3.1)Pc3・5地磁気脈動の抽出

日本の人工衛星ETS‐VIの磁場観測データ(3秒値)から,Pc‐3,Pc‐4,Pc‐5と呼ばれる地磁気脈動(周期10・600秒,例:図2)を下記の手続きで抽出する.

@25分問の磁場3成分データをFFTし,パワースペクトラムを計算

A目的とする周波数範囲で10倍以上のパワーの差があれば現象有りと判定

B時間を5分進めて次の25分を解析

C判定された現象はすべてプロットしてノイズでないことを確認

(3.2)Pi2地磁気脈動のリアルタイム検出

Pi2地磁気脈動(例:図3)は,磁気圏サブストーム(オーロラ帯で起こる1・数時間の磁場擾乱:磁気圏尾部の磁力線再結合によると考えられている)の開始の検出に使われる.丹後半島峰山町に置いた磁力計からの地磁気1秒値を現地のPCで下記のように判断し,検出結果を電話線で京都に送信している.

@地磁気水平2成分田・,D‐成分)それぞれの1秒値512データをウエーブレット解析

Aj=5(10.4・41.7mHz),j=4(5.2・20.8mHz)のウエーブレット係数を計算.下記a,bで判定.

a.その最大値W5,W4>0.25(振幅0.6nT以上に対応)

b.W5,W4>その他の係数の平均値の3.5倍(突発的現象を選ぶ)

BW5,W4の現れた位置により発生時刻を決める.

C次の1分間の60データを付け加えた512データについて同じ手続きを繰り返す

(3.3)NeuralNetworkによるサブストームの抽出

地磁気AL指数とASY‐H,ASY‐D指数に現れる上記サブストームの典型例(図4)を学習させた

NeuralNetwofkにより,大量データからサブストームを抽出する.

(3.4)太陽風動圧変化の抽出

太陽風動圧(=密度*速度**2)変化の磁気圏への影響を調べるため,あるパターンの動圧変化を抽出する.

(3.5)大陽風衝撃波/不連続面の抽出

太陽風データ(磁場,速度,密度,温度)から衝撃波/不連続面(図5上図)を抽出する.波面両側で満たされるべき保存則が判定条件になる.

(3.6)磁気嵐急始部(SC:SuddenCommencement)の抽出

太陽風衝撃波が地上に生じさせる磁場変化SC(図5下図)を,低緯度4観測所の1分値地磁気データから判定する.

(4)「発見」ヘの道:

(4.l)オーロラ画像の解析

上記サブストーム時にはオーロラが激しく変化する.その様子は,全天カメラや人工衛星で撮影されている.従来は,物理的に期待される変化を連続写真から目で抽出していたが,先入感なしに系統的変化が見つかれば,新しい発見につながる可能性がある.

(4.2)リレーショナルデータベースを利用した多変量相関解析

太陽地球系物理学は、太陽活動度、大陽風諸パラメーター、地磁気活動度、電離層パラメーター等の様々な物理量の間の関連を調べることにより、因果関係を発見、あるいは、理論を検証してきた。当グループで収集した多種・多様・大量の観測データを、リレーショナル型データベースシステムで整理し、各パラメータ間の因果関係を可能な組み合わせについて機械的に相関解析を行い、見落とされている関係の発見を試みる。